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福岡高等裁判所 昭和31年(ネ)594号 判決

控訴人 国

訴訟代理人 川本権祐 外二名

被控訴人 行方成佶 外一六名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人からの申請をいずれも却下する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張ならびに疎明の提出、援用、認否は被控訴代理人において「本件解雇は日米間の労務基本契約の精神をふみにじり、保安基準に該当しないことの明らかな労働者を保安基準に該当するものとしてなされたものであつて、信義則によつて支配さるべき労資間の信頼関係を裏切ること甚だしいものであるから解雇権の濫用としても無効である。」と付加し、控訴代理人において「被控訴人らの右主張事実は否認する。」と述べた。

疎明〈省略〉

理由

被控訴人らがいずれもその主張の日に板付空軍基地における駐留軍労務者として控訴人に雇傭されて勤務していたこと、昭和三十一年一月二十日付で「保安上の理由」ということで出勤停止処分の通知を受け、次いで同年七月十日付で同一の理由によつて解雇の通知を受けたことは当事者間に争いがない。

よつてまず本件解雇が被控訴人の主張のように「日本人及びその他の日本在住者の役務に対する基本契約」および同契約付属協定第六十九号(以下単にそれぞれ基本契約および付属協定と略称する。)に違反し無効であるかどうかについて判断する。

付属協定が駐留軍労務者の解雇の要件事由に関する基準を定めたものであることは原本の存在ならびに成立に争いのない甲第二、三号証と原審証人菊池水雄の証言によつて明らかなところであるから、右協定中の保安基準ならびにこれに関する人事措置についての定めは単に協定の当事者たる日本政府と米軍との間における契約としての効力を有するにとどまらず、就業規則において定めた場合と同様の拘束力を有し、駐留軍労務者と日本政府、米軍間においても拘束力を有するものと解すべく、従つて駐留軍労務者を保安解雇するには当然右協定に定める所に依拠しなければならないものと解すべきである。

しかしていずれも真正に成立したものと認められる乙第十八号証第十九号証の各一ないし十七と甲第三号証によれば右解雇はいずれも付属協定第六十九号第一条a項の(3) に定める基準に該当するものとしてなされたものであることが一応認められる。

そもそも前記甲第二、三号証によれば基本協定第七条に「契約担当官において契約者が提供したある人物を引続き雇用することが米国政府の利益に反すると認める場合には即時その職を免じ、スケジュールAの規定によりその雇用を終止する。」との一般条項が存し、その一般条項に基く解雇の基準とその手続を設定するために締結された付属協定第一条にはa項において保安基準として(1) 作業妨害行為、牒報、軍機保護のための規則違反またはこのための企図もしくは準備をなすこと、(2) アメリカ合衆国の保安に直接的に有害であると認められる政策を継続的にかつ反覆的に採用し、もしくは支持する破壊的団体または会の構成員であること、(3) 前記(1) 号記載の活動に従事する者または前記(2) 号記載の団体もしくは会の構成員とアメリカ合衆国の利益に反して行動をなすとの結論を正当ならしめる程度まで常習的あるいは密接に連繋することの三基準が掲げられていること。ならびに同条b項第三条第五条c項ないしe項において日本側の提供した労務者が第一条a項に規定する保安基準に該当するとアメリカ合衆国側が認める場合には米軍側の通知に基き最終的な人事措置の決定があるまで当該労務者が施設および区域に出入することを直ちに差し止めるものとし、右人事措置の実施細目として(イ)米軍の指揮官が労務者が保安上危険であるとの理由で解雇するのが正当であると認めた場合には当該指揮官は米軍の保安上の利益の許す限り解雇理由を文書に認めて労務管理事務所長に通知し、所長は三日以内にそれに関する意見を通知する。(ロ)当該指揮官は更に検討したうえ、嫌疑に根拠がないと認めた場合はその者を勤務状態に復帰せしめるが、なお保安上危険であると認めた場合には上級司令官に報告する。(ハ)上級司令官は調達庁長官の意見をも考慮のうえ審査し、保安上危険でないと認めれば復職の措置を、保安上危険であると認めれば解雇の措置をとるよう当該指揮官に命ずる。(ニ)上級司令官から解雇の措置をとるよう命ぜられた当該指揮官は労務管理事務所長に対して解雇を要求する。(ホ)労務管理事務所長は当該労務者が保安上危険であることに同意しない場合でも解雇要求の日から十五日以内に解雇通知を発しなければならないと規定されていることがそれぞれ認められ、かゝる規定から観れば、元来保安解雇が米軍の保安のためになすものであり、かつその保安基準自体が終局的にはアメリカ合衆国側の認定を尊重せざるを得ないような規定の仕方(特に付属協定第一条c項、第五条c項にアメリカ合衆国が保安解雇に該当する理由を必ず日本側に通告するものとは定めていないこと)がなされていることが認められるので、付属協定は米軍が保安基準に該当するかどうかを決定するに際し日本政府機関に意見陳述の機会が与えられ、これを考慮したうえ更に審査がなされ得るとはいえ、結局は米軍が保安基準に該当すると認定した労務者を日本側において解雇すべきことを約した協定に過ぎず、保安基準に該当する客観的事実があつて始めて控訴人において駐留軍労務者を解雇できる趣旨で定められたものと解することはできない。

従つていわゆる保安基準に該当するか否かの判断は終局的には米軍の主観的判断に委ねられているものと認めざるを得ないから米軍において被控訴人等をいずれも付属協定第六十九号第一条a項の(3) 所定の基準に該当するものとして本件解雇がなされていること前示のとおりである以上、本件解雇を以つて基本契約および付属協定に違反し無効であるということはできないから、この点についての被控訴人らの主張は理由がないものといわなければならない。

けれども次ぎに被控訴人らの不当労働行為の主張の当否について判断する。

いずれも真正に成立したものと認められる甲第四、五号証、第七ないし第九号証、第十三ないし第二十一号証と原審証人吉田貞郁(第一回)、松村善之助、重松鶴来、橋本明、当審証人吉田貞郁の各証言と原審における被控訴人行方成佶、林源四郎各本人尋問の結果を総合すれば、被控訴人行方は昭和二十八年二月十一日に全駐留軍労働組合福岡地区板付支部(以下単に組合支部と略称する。)に加入し、支部委員をしたことがあり、本件出勤停止処分を受けた当時は支部執行委員、支部運輸分会副分会長、支部青年文化部長を兼ね後示のように支部における組合活動の一環として青年文化部のもとになされているコーラス部、読書会、福岡映画協会(以下福映協と略称する。)に所属していたこと、被控訴人林は昭和二十八年二月十一日組合支部に加入し、支部執行委員、福岡地区本部執行委員、全駐労中央委員をしたことがあり、本件出勤停止処分を受けた当時は支部委員、支部運輸分会書記長、コーラス部長を兼ね、福映協幻灯班、読書会などにも関係していたこと、被控訴人吉村は昭和二十八年三月五日に組合支部に加入し、本件出勤停止処分を受けた当時はサプライオフイス分会青年文化部長として特に女子組合員が多いため組合活動に困難な同職場で活躍し、コーラス部に属し、福映協の幹事をしていたこと、被控訴人上野は昭和二十八年三月五日に組合支部に加入し、サプライオフイス分会青年文化部の女子部の責任者として、コーラス部、福映協に所属し、読書会などにも関係していたこと、被控訴人松山は昭和二十八年二月十一日に組合支部に加入し、表面的な組合の役職にはつかなかつたがストライキなどの場合には常に先頭に立つて活動していたこと、被控訴人山下は昭和二十八年二月十一日に組合支部に加入し、本件出勤停止処分を受けた当時は支部運輸分会機関紙編集部員で、青年文化部コーラス部、に所属していたこと、被控訴人福元は昭和二十八年二月十一日に組合支部に加入し、本件出勤停止処分を受けた当時は支部幻灯班副班長、支部運輸分会機関紙編集部員を兼ね青年文化部、コーラス部、読書会に所属していたこと、被控訴人大津山は昭和二十八年二月十一日に組合支部に加入し、特に昭和三十年十一月食堂関係ウエイトレスの人員整理反対斗争には率先活躍し、本件出勤停止処分を受けた当時は青年文化部、コーラス部に所属していたこと、被控訴人古賀は昭和二十八年二月十一日に組合支部に加入し、本件出勤停止処分を受けた当時は支部運輸分会機関紙編集部長で青年文化部、コーラス部、福映協に所属していたこと、被控訴人荒木は昭和二十八年三月五日に組合支部に加入し、支部執行委員、福岡地区本部委員、中央代議員をしたことがあり、本件出勤停止処分を受けた当時は青年文化部読書会の責任者でコーラス部に所属していたこと、被控訴人井上は昭和二十八年三月十四日に組合支部に加入し、支部執行委員、軍直対策部長をしたことがあり、本件出勤停止処分を受けた当時は支部委員をしていたこと、被控訴人松尾は昭和二十八年二月十一日に組合支部に加入し、その所属するAIO(設営隊)塗装分会は比較的組合活動の不活溌な分会であるが、終始右分会の組合活動の中核となつてその維持に努力してきたこと、被控訴人五島は昭和二十八年三月五日に組合支部に加入し、支部執行委員として教育宣伝部副部長を担当したり、中央代議員をしたことがあり、本件出勤停止処分を受けた当時は支部委員であり、POL分会(板付飛行場の燃料関係の職場の分会)機関紙の編集責任者であつたこと、被控訴人坂本は昭和二十八年六月十一日に組合支部に加入し、支部委員をしたことがあり、昭和二十八年六月春日食堂分会結成以来同分会長として幾多の困難な同分会における組合運動を指導していたこと、被控訴人鳥井は昭和二十八年六月十一日に組合支部に加入し、春日食堂分会青年文化部長として軍直接雇傭女子従業員の多い同食堂内の組合運動の中核となつてこれを指導し、本件出勤停止処分を受けた当時は支部青年文化部幻灯班長であり、コーラス部、読書会に所属していたこと、被控訴人吉浦は昭和二十八年二月十一日に組合支部に加入し、本件出勤停止処分を受けた当時は運輸分会委員、分会青年文化部長をしておりコーラス部、読書会に所属していたこと、被控訴人川満は昭和二十八年三月十四日に組合支部に加入し、サプライオフイス分会の婦人部の中核として被控訴人上野邦子を助けて活動し、コーラス部に所属していたことなど被控訴人らはいずれも熱心に活溌な組合活動をしていたこと、およびその殆んどの者は板付支部青年文化部において読書会、コーラス部、福映協などに所属し熱心にサークル活動に従事していたこと、右サークル活動は昭和二十九年中の三度のストライキを契機として組合員たるの故を以つて不利益な取扱を受ける者が出たのに原因して組合員が萎縮し、あるいは他の労務者の組合に対する関心が稀薄となつた結果、組合が弱体化したのでこれが挽回のため組合の主軸として青年層を結合しようという目的で、第十八回支部委員会において執行部の提案した昭和三十年度運動方針案に特に青年文化活動が挿入され、右運動方針案は第三回支部定期大会で可決されて作られた青年文化部において運営され、その後は重要な組合活動の一環として被控訴人らの努力により活溌に推進され、最近その効果もあがり、組合の強化の拡大に大いに寄与しつゝあつた特にものであつて、現在その活動を阻止することは事実上またも組合自体の萎縮する結果を招来する状況にあつたこと、板付基地においては従前からも再三米軍が組合活動を嫌忌しこれを圧迫していると思われるような事態があつたが、前示のように青年文化部の活動が活溌化するにつれて米軍関係者のこれに対する関心が特に強くなり昭和三十年十二月二十日に被控訴人林、古賀、吉村、上野、川満外一名が、同月二十一日に被控訴人行方、鳥井外一名がO・S・I(犯罪特別調査局)の調査を受け、青年文化部のサークル活動の実体について尋問されたが、その約一ヶ月後に本件出勤停止処分が発令されたこと、右出勤停止処分によつて被控訴人の組合活動が事実上抑止されたうえ、青年文化部員および一般組合員に組合活動に対する畏怖心を生じ、組合活動は動揺し、かつ沈滞していることが一応認められ、原審証人高田敬蔵、当審証人堀田誓司の各証言中右認定に反する部分はいまだ信を措き難く控訴人の提出、援用する他の全資料によつても右心証を左右するに足らない。

そうすると本件解雇においては被控訴人らの前示のような組合活動がその理由となつたものではなく、他の理由によるものであることが特に明らかでない限り前示認定事実およびこれが認定に資した諸資料に照し、一応右解雇は専ら被控訴人らの組合活動をその決定的理由としてなされたものと推定せざるを得ない。

もとより控訴人は本件解雇については被控訴人らにおいて保安基準に該当する事実があつたと米軍が認定したことを以つてその理由となすに十分であつて、右事実の客観的存在を必要とするものではないと主張し、当裁判所もこれを認容するものであること前示のとおりであるが、これは右解雇が単に法律上の積極的要件を充足する意味において有効か否かを判定する場合のことであつて、右解雇が不当労働行為を構成するか否かの判定に当つては、これが単に右の意味において有効であるからといつてたゞちに不当労働行為の成立を否定する理由となすに足らないことはいうまでもないところである。

しかして控訴人において右保安基準に該当する事実の具体的主張はなんらなさないところであるのみならず、右事実が存在したことおよび米軍が右事実が存在すると認定したことが本件解雇の決定的な理由になつたことについては原審証人菊池水雄、下川啓一、高田敬蔵、当審証人堀田誓可の各証言によつてもこれを首肯するに足らず、他にこれを窺わしめるに足る資料とてもないので、結局本件解雇の意思表示は労働組合法第七条第一号の不当労働行為となすのほかはないものというべきであり、従つてその余の争点について判断するまでもなくこれを無効であるとしなければならない。

そこで最後に本件仮処分の必要性について考察するに、以上のとおり本件解雇が一応無効であるにかかわらず、被控訴人らが被解雇者として取り扱われることは現下の社会事情のもとに労働によつて生計を維持している同人らにとつて著しい損害であることは極めて明らかなところであるから、かゝる損害を避けるため本案判決確定に至るまで右解雇の意思表示の効力を停止すべき必要があるものと認ざるを得ない。

よつて右解雇の意思表示の効力停止の仮処分を求める被控訴人らの申請を認容した原判決は正当であつて、本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三百八十四条第一項によりこれを棄却し、控訴費用の負担について同法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 林善助 佐藤秀 山本茂)

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